Shammer's Philosophy

My private adversaria

間違えたお客様観?

お客様は神様、という前提で、お金を払っているからといって理不尽な要求ばかりしてくるユーザー(会社)がある。
その会社自体は日本ではかなり有名な某ポータル系企業なわけだが、ここのとある方のクレームたるや本当に子供じみてひどいものだった。
おそらく、先方は多額のお金を払っているからと言う理由で、こちらに期待することを要求しているに過ぎないのだろうが、
それでも内容的に限度がある(もちろんお客様だしきちんとそのようにできるようこちらも改善努力はする)。


だが、ここで思ったことが一つ。自分自身もその企業のユーザーであるのだ。
その企業は数多くのサービスを展開しており、そのいくつかのサービスを自分が利用したこと、あるいは利用しようとしたことがある。
しかし、利用しようと思った中で、利用できないものもあった。
正確には、自分が利用したいと思っても自分が考えているレベル(内容)でのサービスは受けられないとわかり、その利用をやめることにした。


今回、その企業から自分がサービスする側として、こちらから考えると理不尽ともとれる要求をされ、このことを思い出した。
結局客とは何なのか。サービスを提供するというのはどういうことなのか。
ビジネスである以上、できないことをできないと言わざるを得ない場面があっても、それは仕方ないものとも思う。
それでも一部のユーザーは、自分がユーザーであるということを理由にそのできないことまで要求してくる。
感情も入り交じった話であり、立場も混同した内容になるが、そのように無茶をふっかけている人が自分のユーザーだったら、
そのユーザーはどのように思うのだろう。自分のようにその企業のサービスを使うのをやめようかと考える人もいるのでは?
大人の対応としては、自分が客の時は客であり、仮にサービス提供者側が自分の客になることがあってもそれとこれとは分けて考えるべき、ということになるだろうけれど。
銀行や政治家なんて、客に食わせてもらっている身でありながら自分たちの方が偉いと思いこんでいる節すらあるこの世の中。
結局は客とかサービス提供者とかの区別は関係なく、一部のおかしな連中が自分のわがままをコントロールできていないだけのような気もする。


一つだけはっきり言えるとすれば、客としての自分とサービス提供者としての相手、この立場が切り替わって何かを要求しあう場面もあるということ。
そのときに、どちらの側にたっても気持ちよく対応できるように振る舞うのが賢そうだということ。お互いのできることとできないことを尊重しつつ、
それを踏まえた上で歩み寄りをすることが大切なんだと思う。そのときに割に合わないと感じれば、そう感じられた側はいずれ潰れてしまうだろう。